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東京高等裁判所 昭和26年(う)4752号 判決 1952年5月31日

控訴人 被告人 近藤茂

弁護人 畑和

検察官 渡辺要関与

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役六月及び罰金二万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二百五十円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

押収物件(長野地方裁判所岩村田支部昭和二十六年第三十四号の1、2)は被害者三浦隆夫に還付する。

理由

弁護人畑和の控訴趣意は、末尾に添附した別紙記載のとおりであつて、これに対する当裁判所の判断は、次のとおりである。

論旨第二点について。

(一)原判示第一事実について。

記録を調査するに、右事実が発覚するに至つたのは、司法警察員が、他の刑事事件捜査のため、被告人方居宅の家宅捜索を行つた際、たまたま、本件の証拠物件が発見されたことに端を発していることは、所論のとおりであるが、しかし、刑法第百四条所定の証憑湮滅罪が成立するために要する犯意としては、他人の刑事被告事件に関する証憑を湮滅することの認識があれば足り、必ずしも、所論のように、その人の利益不利益を図り、国家権力の捜査権、裁判権等を妨害する積極的意思の存在を要件とするものではないと解されるばかりでなく、同条にいわゆる刑事被告事件とは、行為当時、現に裁判所に繋属する刑事訴訟事件はもち論将来刑事訴訟事件として裁判所に繋属し得べきものをも包含するものというべく、又、同条にいわゆる証憑とは、刑事事件が発生した場合に、捜査又は裁判に関係があると認められる一切の資料をいい、なお、その情を知りながら、これらの資料を隠匿してその出現を妨げるような行為は、同条にいわゆる証憑の湮滅に該当するものと解すべきところ、原判決が、その判示第一事実について挙示する証拠をそう合するときは、原判決の認定しているとおり、被告人は、屑鉄商を営む者であるが、昭和二十六年五月中旬ごろ自宅において、国家地方警察南佐久地区警察署勤務巡査木根淵留八より、被告人方に屋根板用銅板を売りに来た者の有無を尋ねられた際、犯人不詳の屋根板用銅板窃盗事件につき、警察署において捜査中であることを知つたにもかかわらず、その後、同月二十日ごろ被告人の妻ナカが、永井富一から、屋根用銅板を買い受けて自宅に保管していたことを発見し、その品が、右犯人不詳の盗品であることを察知しながら、そのころより同年七月二十日までの間、肩書自宅にこれを隠匿していた事実が認められるのであつて、被告人の以上の所為は、刑法第百四条所定の他人の刑事被告事件に関する証憑を湮滅した場合に該当するものと認められるばかりでなく、記録を精査検討してみても、原判決の右認定が誤つているものとは考えられない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 大塚今比古 判事 山田要治 判事 中野次雄)

控訴趣意

第二点事実の誤認があつてその誤認が判決に影響を及ぼすこと明である。

一、証憑湮滅罪が成立するためには他人の刑事被告事件の証憑を湮滅してその人の利益又は不利益を図り国家権力の捜査権裁判権等を妨害する積極的な意思が認められなければならないと信ずる。只外形的にその様な結果になり事実国家権力の発現が阻害された場合如何なる場合にも本件犯罪が成立するとすれば国家権力の維持を図るの余り不当に個人の人権を侵害する結果になるから積極的な妨害の意図が認められない限り証憑湮滅罪は成立しないと見るべきであろう。本件に於ての被告人宅の家宅捜索は本件での対象とされた証憑即ち銅板が捜索の目的ではなかつたのであり偶々他の目的の捜査の際に発見されたに過ぎず恐らく捜索令状にも他の証憑の発見が目的とされていたものであろう。

被告人が本件銅板を二階の茶箱の中に入れておいたのは証拠を蔵匿する積りでなく数量的に纒らなければ売るのに不利不都合であるのでいづれ後で買はれるのであろう同種の品質の古物を買入れて後に纒めて他に売却する積りだつたのである左様な次第なので被告人としてはそれを名指されでもしなければ忘れていたものである。従つて捜索に来た巡査勝俣光男が「二階には金物類等の買受品は無いか」と尋ねても「佐様なものは無い家族の日用品や衣類等で何も屑物等の買受品は無い」と返事をしたものである。(伊藤副検事に対する昭和二十六年八月十一日附巡査勝俣光男の供述書)。右の様な返事をしたのにも拘らず二階を捜索したところ銅板があつたというので証憑湮滅の意思を認めたのであろうが少々乱暴な認定である。苦しそれ捜索が銅板発見が目的であり「銅板は二階に無いか」との質問を発したとしたら恐らく「二階の何処何処にあります」との返事を被告人もしたのであろう。右の質問に対して苦し「無い」と答えて然も発見された場合は証憑湮滅の罪に問はれても又仕方が無いが他の目的物発見のための捜索に来て漠然と二階に金物類の買受品は無いかと聞れたのでは突嗟の際にこの銅板のことを思い出すことが出来なかつたに違いないのである。これを結果的に見て後で発見されたから蔵匿したものだとするのは酷である。原判決はこの点皮相的な外見や結果から故意を推断したもので事実の誤認たるを免れない。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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